荒尾市電(荒尾市交通局)  熊本県荒尾市


 1940年、荒尾市北部に旧陸軍が火薬工場・造兵廠など軍事施設を建設し、その各施設と国鉄万田駅 (現在の荒尾駅)を結ぶ専用鉄道を建設した。この専用鉄道は5年後の第二次世界大戦敗戦によって使命を終え、賠償物資として 撤去されることになった。荒尾市はこの専用鉄道を借用し、戦後激増する通勤・通学需要に対応するため、旅客輸送用として再生 開業することにした。
 1948年11月24日、荒尾市は地方鉄道免許を取得し、翌年3月1日、荒尾(荒尾駅の東側)から市東部の揚増永まで開業させた。そ して1950年12月21日に荒尾市東部の炭住街・緑ヶ丘まで延長した。ダイヤは1日22往復、約50分間隔での運行だった。1952年5月15 日には貨物運輸も開始された。
 だが、マイカー時代の到来により、客足も途絶え、施設の老朽化等の問題もあって、経営の見通しが立たず、1964年9月30日、 荒尾市電は開業から15年の使命を終えた(ホームページ「福岡のりもの無用調査室」より)。
 市電廃止によってバス路線が再整備され、廃線跡は現在サイクリングロードとして転用。ジョギングコースとしても最適な場所 として市民に親しまれている。
 そして2005年3月31日、荒尾市交通事業設置等に関する条例の廃止により、荒尾市営バスもついに廃業。荒尾市電の開業から56年 の歴史に幕を下ろした。

 

(「荒尾市交通局56年のあゆみ」より)

(2004年8月1日撮影)

 荒尾市電の駅は、荒尾から出発して、境崎、小田峯、宮内、本村、揚増永、水源池前、シオン園前、 新生区、そして終点・山の手駅があった。

(1998年9月13日撮影)

 荒尾市電終点、旧山の手駅。昭和52年3月開設。市電時代の停車場がそのまま市バスの停留所に使われ ているという。三井鉱山緑ヶ丘若葉社宅の近くにあった。昭和34年12月から同35年9月まで三井三池大争議があり、その結果、首を 切られた炭鉱労働者の家族多数が赤旗と仲間に見送られてここ緑ヶ丘の山の手駅から旅立って行った。それは、当時よく見られた光 景であったという。

(2004年8月1日撮影)

 荒尾市電廃線跡沿いに建つ新社会党荒尾総支部。荒尾市議会議員定数26名の内、新社会党議員4名、 熊本県議員にあっては新社会党議員1名となっている(2004年6月7日現在)。元炭鉱の街であっただけに新社会党を支持する者も多い。

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