炭鉱離職者住宅事情

(昭和54年8月22日放送 NHKテレビニュースより)



炭鉱離職者のための家というものが建てられています。埼玉県の上尾市にもそうした団地があります。まあ、 15年前はともかくとして、今ではウサギ小屋と言われてもしかたのない狭さでありまして、その人たちがなんとか2戸分をぶち抜 いて1戸分に改造してくれるように陳情を続けております。??放送局のホリカワ記者の報告でお伝えします。
 えー、ここが台所でございます。ご覧のとおり、本当に狭いママゴト遊びのような台所でございます。えー、ここが玄関と台所で、 さて、この狭い所を通って3畳間へと入って行くのですが、オットット、このとおりでございます。非常に狭くて、3畳間と言って も名前だけでございます。こうして2段ベッドが置いてありますが、2段ベッドを置いておかないと寝ることが出来ないということ でございます。こちらが6畳間ということになっておりますが、ご覧のとおりの6畳でございます。えー、家具類が並べられるとい うと、全く人が住んでる所か、座る所もない。こちらが浴場で、こちらがベランダとなっております。えー、ご家族の方がくつろい でますけども、とにかく足の踏み場もないというのが実態じゃなかろうかという気もします。

取材記者 「このテーブルは何ですか?」
 主婦 「これ、食事に使う時のものなんですけど・・・」
 取材記者 「イスはどこにあるんですか?」
 主婦 「イスはそこなんですけど、みんな折りたたみ式なんです。子供が大きくなると、やっぱし、こういう道具でないと寝れない んですよね。フトンをひくときもこれを起こしてひくんです。」
 主人 「なんとか狭い所を広く使えないかと苦労しているところですよね。」

この団地は、15年前に九州や北海道の炭鉱が相次いで閉山して、炭鉱を離れた人たちのために雇用促進事業団 が建てたものです。炭鉱離職者のためにまず住まいをと建てられたこのような団地は、全国でおよそ8万世帯が住んでいます。15年前 の住宅事情からはこの狭さもあまり目立ちませんでしたが、今では家族や家財道具が多くなったこともあって、どこの家も手狭になり、 お盆に親戚を招くことも出来ないため、団地の広場で合同の慰霊祭を開いています。この団地を第二のふるさととしてもっと住みやすく 改造してほしいと団地の人たちは1年前から6畳、3畳の2戸分をぶち抜いて、1戸が6畳ふたつに6畳のダイニングキッチンの広さに してほしいと運動を始めました。この秋、団地の人たちはまず地元の市や県庁に対して改造するときにしばらく住む県営住宅をあっ旋す るなどの協力をしてほしいと陳情に歩きました。

取材記者 「平塚団地のですね、言ってみればウサギ小屋並みの間取りからですね、脱出するということについては出来るんですか? 出来ないのですか?」
 役人 「全体にですね、上尾(あげお)とその同程度の宿舎が6畳、3畳なんですが、全国に2500ほどあるわけなんですね。そ れで、その、毎年どれぐらいずつ出来るかということになりますと、何百戸かをやっていくと、そうしますとかなり時間がかかるの と、予算的に制約もあるわけなんです。今のところ、上尾平塚団地が改造できるかどうかは全くわかりません。」

 かって、炭鉱で働いていた人たちは、最近石油不足で石炭が見直されはじめているときに、炭鉱離職者の第二の住まいの方も見直 してほしいと訴えて、今月末に事業団の方へ陳情に行くことにしています。
 今、聞いておりまして、経済の高度成長のもう一つの忘れ物といったような気がしています。

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