「原点に返り、三井の責任を考える」 T弁護士

(2005年3月1日発行「三池CO闘争の報告 第17号」より)

 


 先週もここにやってまいりました。なぜこのようなことになったのかですね。非常に困って いるし、残念です。弁護団としてはこの間、全く同じことを話してきたつもりです。これから話をすることは、先週に話 したことと全く同じことです。それが、このようになぜなったのか正直言ってわかりません。いろんな思いがあろうかと 思いますが、ぜひ原点に立ち返った再度の議論をお願いしたいということが、旧弁護団の切なる思いであります。

  法的責任
 いくつかの問題について、提起したいと思います。
 まず、責任という問題です。責任、責任という言葉がいろいろ使われています。責任についても、社会的責任、道義的 責任、法的責任と様々な言い方があります。この裁判で問われたのは法的責任です。マンモス訴訟がおこなわれたきっか けを見てみますと、いわば労資交渉がいきづまるなか、この責任を明確にすることで、事後の交渉の打開をはかるという もくろみがあったことは事実であります。しかし、裁判を起こすということは、裁判の結果、認められるであろう責任を、 そこをスタートとして、また新たな要求を突き進めていこうという思いであったかもしれませんけれども、裁判闘争を起 こした時点ですでに、責任問題に終止符を打つということになるということを、考えていなかったといえるかもしれませ ん。というのは、私どもはよく言います、「裁判はスタートではなく終わりなんだ」と。「お金を返せ」「離婚をする」 などとさまざまな裁判があります。それは、話し合い、交渉が行き詰った段階で、裁判所の最終結論を仰ごうという、 いわば、最後のつめ、よるべき手段です。

  法的責任と三井の責任
 CO裁判も、そういった意味では、慰謝料一人3000万円、2000万円という要求をかかげて、このお金を判決が命じる。そ れによってその金を払えば会社にとっての法的責任は終わりになる。それが裁判そのものなんです。ただこの裁判闘争は、 先をみずにとにかく責任を追及し、明らかにするなかで、さまざまな問題の打開をはかろうという長い長い闘いがとりく まれてきたことは、ご承知のとおりです。実に提訴以来、20数年にわたる長い闘いでした。そのなかで、結果としては三 井の法的責任は明らかになりました。炭じんを放置し、それによって爆発が発生し、多くの人命が失われたという、三井 に科せられた責任は判決で明らかになりました。
 それと同時に、責任の中味が、重症者でもたった500万円です。このようなきわめて低額な責任のとりかたに終わりまし た。そこで三井は、500万円を払えば責任は終わり。いわゆる、「上でも下でもない」と言いました。果たして、判決が 命じたお金を払えば三井の責任、法的責任は終わったと考えていいのでしょうか。できません。できないから今日まで闘 っているのです。裁判が終わったから、全ての責任問題は終わったのか。弁護士として問われれば、残念ながら終わった としか言いようがございません。今後、裁判をすることができないのはそのとおりです。公の場で責任を追及する場はな いわけです。そういった意味では終わりです。
 しかし、現実にいまも苦しんでいる家族があり、患者さんがあり、重荷を引きずっておられる遺族の方がおられます。 この人たちにとっての、三井のしょく罪は果たして完全に終わったと言ってしまっていいのか。みなさん方の思いの原点 はまさにここにあるかと思います。

  遺族・CO患者・家族の権利
 こう考えてみたいと思います。裁判上の責任追及の途は終わった。しかし、労働者として、労資の使用者の責任として、 患者・家族・遺族が言える権利はまだある。どういうことかというと、マンモス裁判で、そして32名の裁判で請求したの は慰謝料だけなんです。一般の労災事件での請求は、主となるのは、傷つき、亡くなった方の収入の補償です。いわゆる 前収補償といわれることが第一の柱です。そして一番重要なのは治療補償です。入院、通院の治療の補償、家族の付き添 いの補償、さまざまに付随する、治療に伴う諸費用の実費補償。これが、労災補償の大きな柱です。
   慰謝料というのは、最後の、形のない痛み代です。傷つき、倒れた本人の痛み代です。このことによって同じように苦 痛をこうむった家族の痛み代です。残念ながら、労災補償では、慰謝料という考え方はありません。労災補償は、治療と 賃金の実費補償だけです。しかも、その一部だけです。全額は出ません。したがって、その不足分を裁判なり労資交渉で 払えというのが、労働者、労働組合の残された課題になってきます。
 このマンモス裁判のなかで、慰謝料の額があまり問題になってきませんでした。32名の裁判になってからは、個別の損 害についての立証をしましたが、マンモス訴訟では、主として爆発の原因、責任についての問題でした。慰謝料がなぜ 3000万円なのか、1000万円なのか、という議論はあまりなかったようです。なぜ賃金の減額分なり、家族の様々な苦痛な りが請求されなかったのか。後から弁護団として入ってきた私たちは、憶測でしかありませんが、おそらくマンモスとい う数百名にのぼるマンモス裁判の限界であったかもしれません。当初から32名の原告であったならば、当然に失われた賃 金、家族の苦痛なり、失われた喜びなどをいかに請求するかという、損害全体にわたる裁判が闘われたかもしれません。  しかし、爆発から十数年たって提訴され、そして私たち弁護団としてはそれからずすぶんたってから裁判を引き受けま した。時すでに遅しでありました。慰謝料しかなかった。
 先程織田さんからも言われました。入院中の重篤な患者さんたちです。この人たちにとって、もう損害は、あの判決で 示された何百万かの補償で終わったのでしょうか。これから死ぬまでの苦痛があの金で慰謝されたのでしょうか。比較的 軽度の方々は後遺症等級を認定され、後遺症に見合う労災補償、判決の補償が出ました。入院治療の重篤な患者さんたち は、現になお治療中なんです。まだ治療は終わっていないんです。そうすれば、治療中に伴う慰謝、さらには治療が終わ るというのが後遺症のはじまりですが、後遺症が発生していないとすれば、判決以降の闘病に伴う慰謝料を払えという理 屈も立たないこともないのです。おそらく、今なお重篤な患者さんを抱えている家族の気持ちはそうでせしょう。過去の 苦痛は判決でやむを得ないにしても、今なお、そして将来続くであろう本人の苦痛や家族の不満はどうしてくれるのか。 誰が面倒を見てくれるのか、という思いがまさに、この点にあろうかと思います。

  時効と資本の論理
 しかし、この点を言えば、出てくるのが例の時効です。「時効だからだめだ」「時効だからもう言えないのだ」という ことで、ずいぶん我慢を強いられてきました。しかし、時効というのは、どうも誤解があるのです。時間が経てば自動的 に権利がなくなると思われていますが、そうではないのです。お金を貸して、「返せ」と言ったら、10年で時効だから払 わないということは、それはそれでいいのです。10年間放っておいた人が悪いのです。時効というのは、自分の権利があ るのに、何もしないで放っておいた。したがって、法権力による強制的な取立てができないということが時効なんです。 時効であるけれども、悪いから払うというのであればそれでいいんです。あるいは、10年経った後にその一部でも払う。 あるいは、借用書を書き直す方法もある。時効の利益の放棄といいます。時効を言わないということです。あるいは、時 効を言わないということと同じことをしますということになれば、請求権が吹き返すことになります。
 ですから、三井が請求権の復帰を認めますと言えば、時効は吹っ飛びます。だから絶対に言わないのです。謝りもしな い。「上でもない、下でもない」というのは、まさにそこにあるのです。一言でも謝れば、1円でも判決以外の金を払えば、 時効の利益は吹っ飛びます。改めて、休業補償、逸失利益、家族の損害というものが息を吹き返すのです。ですから、三井 は何があろうとも認めないのです。謝罪しないし払わないのです。これが資本の論理です。
 したがって、先ほどから出ている、裁判費用を払えというのは論外です。なんでそのようなことになったのかわかりませ んが。そのようなものを払うはずがありません。架空の論理の上に紛争が起こったとすれば、当弁護団としては、残念とい うか、非力を恥じ入るばかりです。

  刑事責任と時効
 もうひとつ責任として忘れてならないのは、刑事上の責任です。このことは意外と忘れられています。爆発当時、社長、 鉱長あるいは末端の係長にいたる、多くの三井側の人間が関係各庁から、殺人罪、業務上過失致死傷、鉱山保安法違反など 様々な罪名で告訴されました。当然だと思います。現在でも、列車事故や航空事故など全て関係者は業務上過失致死傷で 書類送検なり、裁判にかけられています。
 爆発で合計1000名にのぼる死傷者をだしたのですから、告訴は当然であり、刑事上の罰則も当然であったはずです。とこ ろが、検察庁は全員について不起訴です。社長は知らなかったとしても、現場の鉱長、副長、係長なり末端の直接監督責任 のある人まで全てが不起訴になりました。信じられないことです。なぜこのようになったのかと思います。
 当時の検察庁の記録を見てみますと、まことに不可解です。1993年の判決では、会社が言ってきた責任否定の根拠は明快 に全てひっくり返されました。「炭じんを清掃していた」ということはうそっぱちです。「炭じんはなかった」ということ はもっとうそっぱちです。「炭じんは爆発しなかった」ということはもっとうそっぱちです。「坑道、斜坑すべてにおいて 管理していた」ということも全てうそっぱちです。なぜかと言えば、爆発は起きているのです。管理していれば、爆発は起 きないのです。このことからしても責任は明らかです。
 検察庁の判定をぐらつかせたのは、例の「風化砂岩説」というのがあります。坑内には炭じんが発生する。しかし、炭じ んと同時に坑内の岩壁から小さな岩の粉がハラハラと降り注ぐ。炭じんに岩粉が混じり合って、その炭じんは燃えなくなる、 というのが風化砂岩説というのです。風化砂岩説は事故が起きた後に、当時の災害調査団の某教授が慌てて言い出したもの です。私ども素人が論文を読み返しても、全く根拠を欠く薄弱なものです。いくら偉い教授が作ったとはいえ、他の様々な 資料とつきあわせれば、言い逃れのための論理でしかないことは明確です。なのに検察庁は、その論理に乗りました。「こ のような考え方もある以上、爆発原因はわからない。原因がわからない以上、責任がどこにあるかということはなおわから ない」ということで、全ての関係者を不起訴にしました。
 刑事上の責任も時効にかかります。刑事責任の時効というのは、公権力がその人を訴追できない。つまり、裁判所に起訴 して、刑事罰を科せないという時間の経過です。殺人では15年です。業務上過失致死ではわずか5年です。ひと1人殺して 15年です。この大災害で死んだのは458名です。CO患者になったのは839名です。それなら、458プラス839×5とすればいいの です。死後6000年です。永遠に時効はこないのです。そう考えようではありませんか。国が罰しないとすれば、私たちの心 の中には、常に絶対に許し難いという思いを5000年も6000年も続けようではありませんか。国が勝手に時効を作ったとすれ ば、その時効自体、私たちは相容れないものがあります。国が許しても私たちは許さない。刑事上の責任を私たちはもう一 度とりたい、という気持ちだけはしっかりもっていただきたいと思います。
 ようするに、裁判制度、司法制度、刑事制度は国が決めた制度です。法律が決めた制度です。それが果たして完璧なもの なのか。本当にそれが絶対に争えないものなのか。原点に返れば、そのことです。おかしい点がたくさんあります。許し難 い法制度の改悪が進められているではありませんか。例え今回の法制度のなかで、許し難いことがなされていることも、労 働者として、一市民として相容れない、許し難いということはたくさんあります。この未曾有の、かつて経験したことがな い大災害であればこそ、私たちは原点に立ち返った、責任とは何かということを、もう一度しっかり押さえておく必要があ ろうかと思います。裁判所の場で果たしていくことはできないとしても、私たちの気持ちのなかで、そして地域のなかで、 職場のなかで、そして悩みを抱える仲間同士の間のなかで責任を考える原点をぜひ共有化していただきたいと思います。

  労働者・家族の現実
 現実に進んでいる新しい労災病、労災事故は何かというと、一人ひとりが個別化され、分断化され、バラバラにされてい るなかでしょっていく様々な重い負担です。事故です。先日、このようなことがありました。会社をリストラにあい、首に なってしまいました。給料がないものだから、サラ金から金を借り、たまりにたまって払えなくなり、それが奥さんにばれ ました。離婚されて妻、子どもは逃げてしまいました。行くところがなく、仕事もなく、酒におぼれ、放浪し、うつ病にな りました。そして自殺未遂を起こしました。道端で倒れているところを発見され、救急車で精神病院に運ばれました。
 このような事案が当たり前のようになっています。人ごとではなくなっています。普通に直面している労働者・家族の 現実です。一人ひとりを、そして家族を含めた生活も暗転のもとに追いやるいまの社会のありようは、悲しい現実であり、 私たちが立ち向かわねばならない、巨大な敵であります。
 このような社会にあって、誰にどういう責任をとらせるべきなのか。どういう手法で権利を守り、責任を追及する闘いを 構築していけばいいのか、私たち働く者にとっても、きわめて困難であるけれども、緊急の課題になっています。
 過去のさまざまな議論を克服いたしまして、共通の課題で、全ての方のこれまでのご尽力、ご努力を心からお願い申し上 げまして、弁護団としていたらなかったことをはなはだお詫び申し上げまして、降壇させていただきます。ありがとうござ いました。
(2003年11月16日 / 第40回三池大災害抗議集会での問題提起より)

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