曹洞宗金泉寺駛馬説教所跡  大牟田市米生町一丁目129


 囚人墓と言われている「倶會一処」墓がある権現山の東側麓に金泉寺駛馬(はやめ)説教所跡が ある。青葉町方面から米生中学校に向かう通学路の途中であり、説教所跡の裏側には大牟田米生郵政宿舎が建つ。

 三池郡史によれば、金泉寺駛馬説教所について、「大字西米生字権現堂に在り。本村は三井鉱山株式会社の経営せる各炭坑の 所在地で、諸国より移民日に増加し祖先伝来の宗風を遵奉(じゅんぽう)する者尠い(すくない)。特に三池監獄の免囚等壇信徒と 謀り(はかり)、悔悟の念より大願を発起し努力の労銀を喜捨し、建物を設け・・・」と記述され、「大正10年8月30日設立」 「住職 遠山良寿」とある。
 三池監獄を生きて出獄できた免囚が中心となってお金を出し合い開いた寺で、建物は木造わらぶき平屋建て、約14坪の広さで あったという。昭和20年頃まではあったらしい。

 また、この権現山のどこかには坑内馬も埋葬されているという。

地蔵菩薩と閻魔大王像(右)
(2006年8月17日撮影)

左端、僧衣をまとった佐伯辰五郎の座像 (2005年8月高田さん撮影)

地蔵菩薩台石の裏側に記されている菩薩銘 (2005年8月高田さん撮影)

 菩薩銘
當村有権現堂及附近墓地有各地方 遷住而没後被埋葬者在多数中其遺
族離散廃滅絶追悼法養途不尠無縁 墳墓人道三不処也地茲有志相謀因
吊亡者菩堤発領健並六地蔵菩薩以 長祈念其冥福云
  昭和五年十一月中浣  駛馬村書記衛生主任

「當村に権現堂及び付近に墓地有り 各地より遷り(うつり)住みて
没後埋葬されたる者多数有り 其の中遺族離散・廃滅
追悼(ついとう)法要の途絶えし無縁の墓地少なからず 人道上忍びざる処なり
茲に(ここに)有志因り(より)て 亡き人を弔わんと相謀り(はかり)
菩薩を以て(もって)長く其の冥福を 祈念するのみ」という意。

 このことは、これら文面から、権現山一帯には無縁の墓が多数散在し、それらの中には、三池集治監から生きて出獄したものの、 ふるさとへ帰る術もなく、この地に留まり亡くなっていった人たちの墓もあったであろうことがうかがえられる。

(2006年8月17日撮影)

 地蔵菩薩の後ろにぽつんと立つ石碑。何の石碑か。世話人の筆頭に「佐伯辰五郎」の名がある。 佐伯辰五郎とはどういう人物だったのか。

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