旧三池集治監  福岡県大牟田市上官町4 三池工業高等学校


同校中庭にて(2002年7月27日撮影)

 今は埋められてしまった三池集治監地下通路への出入口跡と思われる。地下道は、旧三池 集治監の構内にある各作業所へ同じ構内にある監房から通うための施設であったというのが郷土史家による最近の説と なっている。

旧三池集治監概要図(2002年7月27日撮影)

太い線の外周が福岡県文化財指定の「三池集治監レンガ塀」であることを示している。

1962年 三池工業高校空撮 (山崎さん提供)

勤労学徒慰霊碑(2002年7月27日撮影)

 学校正門から入って左側に「勤労学徒慰霊碑」がある。その左石板には

 私達は学半ば職に斃(たお)れた あなた達の死を悼(いた)み哀しむ あなた達のあふれる友愛は いまも私達を暖かに包み あなた達の勉学の姿は いつまでも私達の心に残る そしてあなた達の心は  私達の中にいつまでも生き続ける 私達はここに碑を建て 共に強く生きんことを誓う
   昭和39年11月9日(三川坑災害一周年)
 福岡県立三池工業高等学校定時制生徒一同

と記されている。

 そこには、18歳から23歳の若き勤労学徒4名の名が刻まれており、内2名が三川坑大爆発事故で亡くなっている。そ の中でも特に「炭鉱の爆発事故で亡くなったS君は国家公務員の試験に合格し、卒業とともに炭鉱を辞める手はずに なっていた」という。

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