龍湖瀬坑  大牟田市竜湖瀬町(2004年8月1日撮影)


 大牟田市竜湖瀬町の奥、鉄筋コンクリート造りアパート近くの藪の中に龍湖瀬坑跡が今も残る。 密集した雑木林のせいで陽があたらず昼間でも薄暗い。行く所、行く所に黒アゲハ蝶のような蝶が一匹ゆらゆらとまとわり付い てきて、正直1人では薄気味悪い。猪も出るという。
 三池炭鉱が官営となった直後の明治6年、三潴(みずま)県(後の福岡県)が、稲荷(とうか)村笹谷(現・竜湖瀬町)に 拘禁場を設置し、自県の監獄囚50人を龍湖瀬坑に派遣使役した。最初は竜湖瀬から大牟田港までの坑外石炭運搬に就役させた が、後には坑内の採炭作業にも従事させるようになり、これが三池炭鉱における囚人労働の始まりと言われている。当時の三池 炭鉱使役総人員は1245人、その内の囚人労働者は50人であった。そして明治8年以降になると、「富国強兵」「殖産興業」 のため、石炭増産の必要性から、さらに囚人労働の導入を強化していったのである。なお、龍湖瀬坑は明治28年閉坑した。
(石川保氏の著書参照)

石灯篭のようなものか?

狛犬

御手水場。「露頭坑 職員一同」とある。

山の神祭祀

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