万田坑構内地下トンネル  熊本県荒尾市万町 (2001年3月13日撮影)


 第一次世界大戦では、ドイツからの染料、肥料及びその他の化学薬品の輸入が止まり、これらの 生産のために製鉄業と共に基幹産業である石炭の増産に迫られ、万田坑では鉱員の緊急募集をしました。社宅に収容しきれない 鉱員は大牟田市桜町や松葉に居住させ、この鉱員たちの就業の便のために松葉と桜町の境の外柵に通勤用の小門を設け、そこか ら直接繰込み場へ行けるようにしました。ここは万田坑の石炭や三池築港からの物資を運ぶ炭鉱汽車の幹線が幾条も走っており、 これらの汽車の合間を縫ってレールを渡らねばなりませんでした。
 その後、鉱員と家族ばかりではなく、一般の人も通るようになり、炭鉱汽車の運行にも支障をきたすようになったので、会 社は桜町から炭鉱正門横に抜ける地下道を掘りました。おかげで松葉や桜町の人たちは売勘場や炭鉱病院に行くのに大変便利 になり大喜びでした。
 万田坑長だった稲荷田さんは任期が満ちて間もなく東京へ帰られましたが、人々は稲荷田さんの置土産と言って、その徳を 称えました。(山崎常雄著「忘れな草」より)



熊本県荒尾市側の地下トンネル出入口

トンネルの長さ目測約100m。福岡県大牟田市桜町側へ至る。

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