山下町社宅  熊本県荒尾市山下町(2001年3月撮影)


 初め納屋と呼ばれていた炭住が、長屋と改められ、次に社宅と改称されました。昭和3年には、1区、 2区と呼ばれていたのが改称され、1区が土手町、2区が仲町、3区が通町、4区は万町と呼ばれました。5区が山上町と呼ばれ、6区 が山下町で袴岳の北裾一帯、7区が万田社宅の氏神様(山の神)をお祀りしている境内の北斜面一帯の位置に建てられた2階建ての 社宅で宮坂町と呼ばれ、社宅居住者の憧れの社宅でした。
 この改称と同時に間取りその他も改造され、3畳・4畳半・6畳の三間で、土間もコンクリートになり、板戸であった玄関出入口 も2枚のガラス戸に、炊事場もコンクリート製になり、煙突も屋根上に出されたので、室内に煙がこもるようなことはなくなり、 また、各部屋の間仕切りも立派な襖に、外部にはガラス障子がはめられ、個人のプライバシーも守られるばかりか、室内も明るく 健康的な住宅となり、各戸に水道も引かれ、トイレも戸別に付いたので立派な社宅に変貌し、郷里から親戚が来ても気を使わずに すみました。しかし、これら社宅は平成3年頃から解体撤去されて行きました。(山崎常雄著「忘れな草」より)



職員用の山下町社宅跡

職員用の山下町社宅跡

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