炭婦協行進曲

♪♪♪♪♪MIDI by エーちゃん♪♪♪♪
【作詞】荒木栄
【作曲】荒木栄
【MIDI作成協力】マルちゃん

1.鉱山に働く わが夫
  激しき疲れ 偲びつつ
  ともども語る このつどい
  愛情の花 咲き競う
  やさし その名は炭婦協

2.家にありては 主婦として
  細きかいな ガッチリと
  苦しき家計 支えつつ
  正しき子らを 育て行く
  ゆかし その名は炭婦協

3.働く者の 世の中の
  働く者の 主婦となる
  幸あるあしたを 信ずれば
  しばし脂粉の 香よ忘る
  雄々し その名は炭婦協

4.炭坑労働者と
  炭坑主婦の 協議会
  二つ並んだ 旗じるし
  高くかかげて 進み行く
  我等の行く手に 雲ひかる

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 炭婦協(たんぷきょう)について

 炭鉱がひしめいていた福岡県においてはすでに早く昭和26年9月に福岡県炭鉱主婦連絡協議会(略称・福炭婦協)が結成されて いたが、三池炭鉱における炭婦協結成は、昭和28年5月12日、三池労組三川支部関係の緑ヶ丘社宅(熊本県荒尾市)が初めてだ った。ここがきっかけとなって他の社宅においても炭婦協の支部分会がぞくぞくと結成されていった。
 しかし、会社側の婦人会あるいは家族会がすでに各地域ごとに組織されていたことから、この三池労組指導による新たな組織化 には会社側もひどく神経をとがらせ、職制を動員し、「炭婦協に入ったりしてやりすぎるとご主人の首が危なくなりますよ」など と言っては激しく圧力をかけてきた。事実、会社の職制と思われる男たちが社宅の辻辻に立ち、集会の会場へ行く主婦の顔をカメ ラに収めたりした。そして、三池争議ではこれら活動家たちが真っ先に首を切られた。
 そういった中、昭和28年7月20日、各支部分会員等約5千人が参加して三池炭鉱主婦協議会が産声をあげた。
 昭和30年5月には、組織単一化のため、「三池炭婦協」の名称は「三池炭鉱主婦会」と改称された。