四山社宅   福岡県大牟田市四山町 (昭和59年1月 中山茂さん撮影)


 大規模炭住の一つに四山住宅がある。ここは六戸一(ろっこいち=六戸で一棟の意)の長屋が数百棟 建ち並んだ福岡、熊本両県にまたがる炭住で、炭住内には小学校の分校、郵便局などの行政機関、マーケットもあるという、一個 の完全に独立した生活経済圏を形成していた。しかし、十数年前には分校が閉鎖され、いまではマーケットも閉められている。炭 住も一部はつぶされ、残りも半分は廃墟となり、ただ共同水道場だけが原形をとどめて残っている。人の住んでいる棟にしても、 一棟につき一戸か二戸だけが使われているにすぎない。
 四山鉱は現在、廃坑となっており、通路口としてしか使われていないが、竪坑として使われていた当時のヤグラだけが異様な雰 囲気で立っている。
 そのなかで、現在も使われている三池労組四山指導部の木造の組合事務所には「学習・反合理化・社会主義」と書かれ、「階級 連帯強化のために」というスローガンが当時の資本との非妥協的な闘争の息吹を伝えているようだった。
 四山住宅に隣接した埋立地に、13,4年前三井アルミニウムが誘致された。これは三井独占にとって有り余る石炭で発電し、 その電力を利用して最新悦のアルミニウム精錬工場を建設しようという一石二鳥を狙ったものであった。さらに、アルミ精錬では フッソ化合物の有毒ガスが出、炭住に被害が出る恐れがあるが、三井資本の「三井の人間が会社に文句を言うはずがない」という 思惑も働いていた。
 その道一つ隔てた九州電力敷地内に、老朽発電所と下請け労働者の詰め所をつぶして三井アルミの火力発電所ができた。廃墟と 化した炭住のすぐ裏手にそそり立つ新鋭火力発電所のこの煙突は無気味でさえあった。
 (昭和59年1月中山茂ルポ「三池からの報告ー炭住が物語る搾取の歴史」より)



三池火力発電所

三池労組四山指導部

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