三井港倶楽部  福岡県大牟田市西港町2-13


 三井港倶楽部は、明治41年三池港の開港と同時に開館した。以来、外国高級船員の宿泊や接待 の場所、あるいは皇族方や財政界人の迎賓館として広く利用されてきた。建物は明治を代表とする優美な洋風建築物で、近年 では、結婚式場やレストランとして一般にも解放されていた。
 しかし、所有者の三井鉱山は、会社の経営難を理由に2004年12月港倶楽部を閉館、売却することにした。これに対し、地元 の経済界有志並びに市民グループより、「港倶楽部は大牟田市の貴重な財産」として保存を求める声があがり、その署名数は 2万8000人に及んだ。そして、地元経済界が「三井港倶楽部保存会」を設立、港倶楽部を買収して引き続き結婚式場やレスト ランとして経営が再開された。
 平成17年12月12日には、大牟田市指定文化財の指定を受けた。

(2003年9月25日撮影)

 

大浦坑顕彰碑(2007年3月31日撮影)

 大浦坑の顕彰碑が三井港倶楽部の敷地内に建てられている。大浦坑は安政4年開坑、 大正15年に一度閉坑されたが、戦時中、国の施策から再開、昭和30年閉山した。

 顕彰碑には「この坑、明治6年三池炭山官営当初の開坑にかかり、 22年三井家これを継承す。始めもっぱら人力により しが、 9年坑底に炉を設けて通風を計り、 11年汽力曳揚機を備え、 20年蒸汽喞筒をもって人力水車馬力喞筒に代え、 23年更に七浦に通ずる疏水道を開き、 34年電力の応用に進み、 35年盤下炭の採掘を始め、 39年別に第二坑を開い て旧坑の残址を採掘し、出炭総計七百余万トン。 大正15年2月廃址す。汽車曳揚機の礎石、および明治十四年煉瓦 をもって築造せし油小屋等なお存ず。 用いてこの碑を遺り記念となす」とある。

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