三池炭鉱 三井医院跡  福岡県大牟田市山ノ上町


 明治22年三池炭坑の創業とともに、大牟田市山の上町において診療を開始。その後、坑口の開業に ともない、各抗口近隣および集団住宅に逐次、分院・診療所を開設。
 昭和20年戦災により、山の上本院の施設の大半を消失したため、昭和23年大牟田市天領町1丁目に天領分院を開設し、本院の 移転事業に着手。 昭和27年三池炭坑の事業所病院として、本院を山の上町より移転。昭和56年分院・診療所をすべて廃止し、 本院のみとなる。平成14年財団法人福岡県社会保険医療協会が病院開設者となり「社会保険大牟田天領病院」と改称。 (社会保険大牟田天領病院ホームページより)

現在の三井医院跡。左側門柱のみが現存(2004年2月12日伊藤さん撮影)

 

昭和26年国土地理院地図より(資料提供:伊藤さん)

 

(2004年8月1日撮影)

 左上マンションは、山ノ上クラブ跡に建つその名もズバリ、山の上倶楽部マンション。 山ノ上クラブは三井鉱山幹部職員の社交クラブであった。三池争議の舞台にもなった。

(2004年8月1日撮影)

 

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