大牟田市立諏訪小学校  福岡県大牟田市諏訪町一丁目111


 「諏訪小学校は、昭和20年4月諏訪国民学校として発足し、昭和22年4月大牟田市立諏訪小学 校と改称、今日に至っています。大牟田市の南部に位置し、発足当時から、三井関係企業(石炭産業)との関わりが深く、 児童の大半は、その関係の社宅から通学しています。かつて石炭産業が盛んなときは、1452名という時代もありました。 しかし、石炭産業の衰退とともに児童数の減少も激しく、現在は142名になりました。これからも少子化等の影響により、 さらに減少する傾向にあります。市内24校の中でも、小規模校に数えられるところです。」
 とは、諏訪小学校ホームページの中にある校長挨拶のことばである。

 ピーク時の児童数1452名というのは、昭和33年の時で、そのころの校歌は「我等一千 日々集う」と歌っていたという。 ところが三池争議を経て、炭鉱労働者の人員整理が進み、人々はやむなく故郷を離れざるを得なくなり、児童数も激変。 昭和49年には436人となり、これを機に歌詞も「我等五百 日々集う」に書き換えられた。そして平成9年3月、三池炭鉱 が閉山、さらに児童数も減って、平成17年7月現在の児童数は27名、学校の存続も危ういという。

諏訪小学校玄関口(2005年7月29日撮影)

 2005年7月29日、学校はまだ夏休み。写真を撮っていたら年配の女性に、にこやかな笑顔ながらも 「卒業生ですか?」と不審がられた。逆に「先生ですか?」と尋ねると、「そうです」と言うので、「滋賀県から来ました。 かくかくしかじかで写真を撮らせてもらっています」と説明すると、先生は「記念碑には"我等五百"とありますが、現在の生徒 は27名に減少してしまいました。この学校も近い将来、他校と合併する予定になっています。そうなるとこの校歌も無くなるで しょう。」と話してくれた。
 炭鉱の面影がここでも消えていくことになる・・・。

諏訪小学校校歌記念碑(2005年7月29日撮影)

校歌  作詞  徳永 誠    作曲 平尾 一夫

 諏訪のかわなみ有明の
 海に落ち合う 四山の
 炭の都のこの町に
 我等五百 日日集う

 海底深くダイヤほる
 永遠にたえない工場の
 うなりはたかくこだまする
 明るい町よ伸びる町

 南に雲仙 西に多良
 有明の波 ゆたゆたと
 その名も高い 三池港
 クレンの音ぞたえまなし

 正しく清い心もて
 まことの道をきわめんと
 ここにはらから手をとって
 平和の国をつくろうよ

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