炭都の校歌いつまでも


 大牟田市内の学校では現在、諏訪小学校と三里小学校、松原中学校、米生中学校の4校の 校歌に、炭都や石炭などのことばが今も歌詞に残されている。「炭鉱が無くなった今、現状にそぐわない」という声も あるようであるが、校歌はいわば、こころのふるさとでもあると思っている。炭鉱は無くなっても、心の故郷として歌 い継がれていってもいいのではないか。

 しかし、校歌3番に「海底に燃ゆる石あり」と盛り込まれた歌詞を綴る県立大牟田南高等学校が2005年3月31日閉校。 船津中学校にあっては、「資源は深く 地下にあり」ではじまる校歌3番が削除された。



三里小学校(大牟田市三里町1丁目)
校歌3番
 白い やさしい 若ばとが
 炭のみなとの 船の上
 まるく 輪をかき とんでいる
 われらは 三里の 子どもたち
 ああ この平和 のぞみつつ
 文化日本を きずこうよ


 福岡県最南端に位置し、南部には熊本県荒尾市と隣接する県境商店街、西部には国際貿易港である 三池港をはじめ九州電力港発電所などがある。このように商店街、工場群、住宅などが中心の本校区には田畑などは全くな い。三池港に隣接して四ツ山漁港があるが、漁業に従事する保護者は少ない。
 現在の児童数は152名で、全学年単学級の小規模校であるが、炭坑の盛んな一時期は2000名に迫る時期もあった。しかし、 炭坑閉山と共に炭坑社宅が取り壊され、児童数は激減した。(三里小学校ホームページより)
 なお、昭和30年9月から昭和47年まで、三井三池炭鉱四ツ山社宅には同校の分校があった。




松原中学校(大牟田市大正町4丁目)
校歌3番(昭和33年2月校歌制定)
 正しく強く朗らかに 歴史を誇るわが母校
 雄飛の翼羽ばたきて あすの炭都を担いつつ
 栄光ある祖国築くもの われら松原中学校


 本校は大牟田市のほぼ中心部に位置し、工業地帯と近接するとともに、繁華街をいだく校区で ある。保護者の職業は工業関係、サービス業、建築、運送業が多くを占める。
(松原中学校ホームページより)




米生中学校(大牟田市米生町2丁目)
校歌3番(昭和28年3月校歌制定)
 資源は深く 地下に満ち
 工業伸びて 行くところ
 自治勤労の まごころは
 我が学園の 誇りなれ
 

 本校区は大牟田市の中心より東南部に位置し、熊本県荒尾市と隣接する。校区には、平成9年 3月に閉山した三池炭鉱の坑口があり、保存が決まったレンガ造の「宮原立坑」跡がある。石炭採掘が盛んだった頃に 作られた大規模な社宅が、校区内に数ヶ所あったが、現在は新しい住宅地となっているところもある。(米生中学校ホームページより)



船津中学校(大牟田市船津町1丁目)
校歌3番(昭和32年11月校歌制定)
 資源は深く 地下にあり
 生産の声 湧く所
 工業のびる わが町の
 明日への栄 担うもの
 われらわれら 船津中学
 ああ新文化香をひらく


 本校区の南は熊本県の荒尾市に接し、西方には九州電力、三井アルミ等の工場群と三池港があり、 旧三川通りと13間道路沿いに歓楽街と商店街がある。学校周辺の湿田は埋め立て造成工事が完了し、住宅化が進んでいる。 (船津中学校ホームページより)

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