南新開竪坑ろう城  (写真提供:藤田さん)


 2001年2月、愛知県の藤田氏より「ろう城ってご存知でしょうか?」という便りと共に、当時の 貴重な写真を送ってくれた。

「三池争議の最中、会社側は操業を維持したいのですが、第1組合側は坑口などを封鎖してこれを許しません。やむなく船や ヘリで人口島からの入坑を試みても、大砲代わりの花火などで行く手を妨げられます。いわゆる”三池海戦”です。そこで、 会社側は”篭城”という手を使いました。一度入坑したら、一定期間(1ヶ月程度だったと思いますが・・)会社内で寝泊り して操業を維持するものです。父は第2組合員でした。父から「明日から篭城だ、土産は何がよかか」と何度か云われた記憶 があります。また、社宅事務所へ篭城先の父からの電話があり、家族中で争ってしゃべった記憶もあります。前川さんのお父 様と、私の父は反対の立場にあったわけですが、そんな垣根は時間が取っ払ってくれたと私は信じています。」

と、藤田さんは当時の思い出を語ってくれた。


(昭和35年夏)

(昭和35年夏)

 

(昭和35年夏)

 

(昭和35年夏)

 

BACK NEXT