三川坑ホッパー その1


 ホッパーとは、採掘された石炭が商品として搬出される前に一時貯蔵される「貯炭槽」のこと。
 三池労組は、ここを押さえれば労働争議に有利として、ピケ隊を配して占拠した。そして、三池闘争の終盤、このホッパー 前には労働者2万人が結集し、ホッパー決戦へと突き進んだ。これに対し、1万人の警官隊は、「24時間以内に撤退しなければ 二十日早朝実力行使に出る」として警告、お互い死傷者が出ることも覚悟し、一挙に緊張感が高まった。昭和35年7月のことである。



昭和35年撮影(写真提供:織田さん)

昭和35年(写真提供:atukoさん)

 

昭和35年(写真提供:atukoさん)

 

昭和35年(写真提供:中川さん)

 

昭和35年(写真提供:河口さん)

 

昭和35年(写真提供:河口さん)

 

昭和35年(写真提供:中野さん)

 中野清道さん。三川鉱で仕繰夫として作業中の昭和38年11月9日、炭塵爆発の被害に遭う。47歳の ときだった。その後CO中毒患者として23年間大牟田労災病院で闘病生活。昭和61年、70歳で他界された。

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