炭婦協緑ヶ丘


 炭婦協と書いて「たんぷきょう」と読む。炭鉱主婦連絡協議会の略称である。

 炭鉱がひしめいていた福岡県においてはすでに早く昭和26年9月に福岡県炭鉱主婦連絡協議会(略称・福炭婦協)が結成され ていた。

 三池における炭婦協結成は、昭和28年5月12日、荒尾市立第三中学校講堂を借りて三池労組三川支部緑ヶ丘連合分会がもっと も早く結成に成功した。

 これがきっかけとなって他の社宅においても炭婦協の支部分会がぞくぞくと結成されていき、昭和28年7月20日、大牟田市内 にあった「大天地映画劇場」で、各支部分会員等約5000人が参加して三池炭婦協の結成をみた。

 しかし、会社側の婦人会あるいは家族会がすでに各地域ごとに組織されていたことから、この三池労組指導による炭鉱社宅 主婦の新たな組織化には会社側もひどく神経をとがらせ、職制を動員し、「炭婦協に入ったりしてやりすぎるとご主人の首が 危なくなりますよ」などと言っては激しく圧力をかけてきた。

 それは、三井が明治の時代から積み上げてきた労務管理政策が破綻されていくことを恐れていたからに他ならない。これら 身分の上下は仕事面だけではなく、日常生活の面においても発揮されていた。勤務時間中、あるいは時間外、係長の社宅に坑夫 がおもむき、庭の掃除や薪割り、自転車の掃除などに従事させられた。むしろそのことを、「上司に目をかけてもらっている」 と思って本人も妻も喜ぶというありさまで、そういうことはおかしいとか、我々を馬鹿にしているといって憤慨する者はいな かったのが、現状だった。
 それが、炭婦協結成によって、おかしいことはおかしいと言える母ちゃんたちに成長していったのである。

賞状は「感謝状、炭婦協」とあり、写真裏には「昭和29年夏」とある

 

マツヤデパート屋上遊園地。その先に「大天地映画劇場」が映って いる。(提供写真)

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