三川鉱強行就労事件


 昭和35年3月28日、三井側は三川鉱に第2組合員を就労させ生産再開を強行しようとした。かたや 第1組合の三池労組側はこれをピケットラインで阻止しようとして、暴力団員を先頭に立ててピケを突破しようとする第2組合員 らと激しい乱闘となった。会社側職員も塀の内側から投石するなどして応援。第1、第2の双方合わせて115人の重軽傷者が出た。

「午前6時半打ち上げ花火を合図に約1700人の第二組合員が集合場所から三川鉱に向かった。整然とした駆け足デモだった。 広い三川鉱構内四つの出入口は前夜から第一組合員がこれまた整然としたピケを張っていた。第2組合側は赤、白、青三色 のハチ巻きを目じるしにした三隊に分かれて行動を始める。三隊のうち黄色い坑内帽の青年行動隊を先頭にした白ハチ巻き の一隊が一つの所に襲いかかる。「襲う」という言葉はふさわしい。駆け足デモの隊列がぼろぼろに乱れたとたん黄色い坑 内帽が棒切れをふり上げてピケ隊になぐり込んだ。コショウの目つぶしがピケ隊に飛ぶ。大人の頭ほどの石が群衆の中にド スンと放り込まれる。鉄のかたまり、鉛の水道管、赤さびたストーブのかけら。あらかじめ用意したおびただしい数の「凶 器」がたちまちピケ隊をひるませる。ふらふらとピケ隊を離れて倒れかける者がある。それを青年行動隊は竹ざおでつく。 ピケ隊がおよび腰になった時、第2組合員はいっせいに横のへいをよじ登りはじめた。」(昭和35年3月28日付け朝日新聞夕刊より)

(提供写真)

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