CO患者労災打切り抗議集会


 昭和39年12月労働基準監督局は、CO中毒被災者に対して、ケガは治癒したとして治療を打ち切り、 万田訓練所へ入所せよと通告。昭和40年4月、これに力を得た大牟田労災病院は入院中のCO中毒患者(三池労組9名、新労組9名、 職組5名)に対し退院を通告した。さらに同年12月同患者43名に対し退院通告。これを拒否した三池労組側患者はリハビリ治療 を中止された。
 これに対し、三池労組は労働大臣に対して「CO中毒患者治療についての労働省に対する要請書」を提出。CO被災労働者援護 措置法(CO特別立法)の成立まで治癒認定=障害等級決定の凍結を要求した。
 その結果、昭和41年6月の第51回通常国会最終日、CO特別立法成立まで療養の打ち切りを行わないことなどの決議と覚書が なされた。

三川鉱正門前での三池労組青年婦人部によるCO患者労災打切り抗議集会(写真提供 織田さん)

 


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