古代朝鮮の足跡@  滋賀県伊香郡余呉町(現・長浜市)


 2012年4月15日、京都からの案内人イ・サン・ジェさんと大阪組2人の参加を得て、余呉湖周辺の古代朝鮮 遺跡めぐりを行いました。余呉町は滋賀県の最北端に位置し、北は福井県、東は岐阜県に接している県境の町でもあります。天候は北陸に近く、 冬は雪深い地域。彦根の桜は満開でも、余呉の桜はまだつぼみでした。しかしこの日の天候は晴れ。暑くもなく寒くもなく、中高年には自転車で 切る風が心地良い一日でした。


余呉天女伝説(2012年4月15日撮影)

 琵琶湖の北に位置する一周約6キロ、最大水深13メートルの余呉湖は、日本最古とされる羽衣伝説の地として も知られる所。日本各地にある羽衣伝説。その中でも最も有名なのが静岡県の三保の松原ですが、余呉町の特徴は、松の木ではなく柳。「天女 衣掛柳」といわれる柳の大木があります。朝鮮の名勝地と呼ばれる所にも天女伝説はたくさんあると言い、その中でも「金剛山の八仙女」伝説 は有名だとか。天女が天より舞い降りて水浴するというストーリーが、海を隔てて遠く離れた滋賀県の余呉湖と朝鮮の金剛山に残るのはなぜか。 それは朝鮮から海を渡って日本に入り北陸の敦賀などの港から奈良飛鳥地方の都を目指すとき、余呉湖付近が街道の分岐点にもなっていて、 行き交う人々が様々な朝鮮文化と共に天女伝説をもたらしたという説もあります。
 なお、写真上の天女像の右後方に写るのがその柳の大木。丸みを帯びたその大木は、一般的なしだれ柳とはかなり異なっています。

新羅崎神社跡(2012年4月15日撮影)

 天女衣掛柳から川並地区を経て、「白木」森があり、その山中に「新羅崎神社旧跡」と刻まれた碑が立って います。神社の名残りを示すものは、石で組まれた階段跡ぐらい。元は「新羅城神社」と言い、明治までは「白木神社」と呼ばれていたといい ます。ここに至る山道の入口には、「賤ケ岳合戦当時は昼でも暗く樹木が生い茂り、伏兵達の格好の隠れ場であった」という説明板があります。 時の政権の都合によって、「新羅」から「白木」と名称が書き換えられていったのではないでしょうか。
 なお、ここからそう遠くない福井県今庄町にも「新羅(しんら)神社」があります。

意波閇神社(2012年4月15日撮影)

 越前へと続く北国街道沿いに位置する、余呉町字坂口にある意波閇(おはへ)神社。この辺りで 「L字型かまど」など集落の遺跡が発掘されました。それは、朝鮮でみられるオンドルに似ていると言われ、かまどから発せられる熱など をL字型のオンドルに這わせて暖を取る仕組みになっていたようです。これと同様な遺跡が石川県小松市においても発掘されています。ちなみに、 小松市の「小松」は「高麗津」が変化していったもの、と言われています。大津市歴史博物館にはオンドル遺構が保存されています。
 同じく意波閇神社が、江戸時代、朝鮮との外交に活躍貢献した儒学者雨森芳洲庵がある伊香郡高月町雨森にもあり、こちらは意波閇(おわい)と 読むようです。隣町に、同名の神社があること、古代朝鮮の足跡と関連があるようで、興味深いと思います。

鉛錬比古神社(2012年4月15日撮影)

 余呉町中之郷の北国街道沿いにある鉛錬比古(エレヒコ)神社。その「鉛錬」という文字から、金属の精錬 を連想させます。事実、ここから少し離れた場所に、古い鉱山跡や精錬遺跡がある金糞岳(標高1317m)があります。朝鮮からの渡来人が高度な金属 加工技術をこの地に伝えたことがうかがえられるようです。「近江伊香郡誌」には、「天日槍、新羅より来り、中之郷に止り、坂口郷の山を切り、余呉湖 の水を排して湖面を四分之一とし、田畑を開拓し、余呉之庄と名づけし、という伝説あり」とあります。朝鮮からの渡来集団が湿地帯を干拓した土木 技術を持っていたことの証ではないでしょうか。実際に同神社の案内板には、新羅の王子であった「天之日槍之命」という名が記されてあります。なお、 「エレヒコ」の名は新羅の官名だそうです。

天之日槍塚遺跡(2012年4月15日撮影)

 鉛錬比古神社の近くには、天之日槍(アメノヒボコ)塚遺跡があります。民家の裏庭のような場所にあり、道路からは わかりにくい位置です。「天之日槍塚遺跡」と刻まれた碑には、「維時 昭和57年秋建立 中之郷森林組合」と記名されてあります。その周辺はかつて 「日槍屋敷」と呼ばれ、天之日槍が住んでいた場所という伝承が残っていると言われています。
 なお、近くに、浄土真宗 本願寺派 明三寺があり、本堂の天井には天女が描かれていましたが、2002年の火災で焼失しました。  

JR余呉駅(2012年4月15日撮影)

 米原駅からの所要時間30分。同駅から余呉湖の売店まで徒歩約5分。駅にはレンタル自転車あり。 レンタル料一台500円。自転車に乗って余呉の風をうけるのもまた良し。

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